PLAY TRUE 2020

PLAY TRUE 2020

© Japan Anti-Doping Agency

Truth in Sport

どんな時でもポジティブであること

2007年、私は大阪で開催された第11回世界陸上競技選手権大会に三段跳のスロベニア代表として出場し、5位に入賞しました。ところが、その時に採取されていた検体の再分析によって、2015年、2017年の2度にわたり、上位でメダルを獲得した選手のアンチ・ドーピング規則違反が発覚し、私が繰り上げで銅メダルを授与されることになりました。この知らせを受けた時、正直言うと私は少し戸惑いました。

メダルを獲得するためにトレーニングを重ね、そのメダルをついに手にしたのですから、もちろん嬉しさはありました。でも同時に悲しかった。私は、大会の競技場で表彰台に立つという機会を逃したのですから。我々アスリートは、表彰台に立つために何年もトレーニングを積んでいます。不正を働いた人たちは、その貴重な瞬間を私からだましとったのです。大会から12年後にメダルを獲得しても、当時であれば味わえたであろう喜びを感じることはできません。嬉しさと悲しさが入り混じった、複雑な感情でした。

もしあの時スロベニア代表としてメダルを獲得し、表彰台に立つことができていたら、それ以降の私のアスリートとしての未来は大きく変わっていたことでしょう。翌年に行われた北京オリンピックの準備も、よりリラックスして、さらに自信をもって取り組めたのではないかと思います。メダルを得たという事実が、オリンピック競技大会で競うための大きなモチベーションになっていたでしょう。そして、「メダルを獲らなくては」という強迫観念から解放され、その後のアスリート人生においてさらに多くのメダルを獲得できていたかもしれません。

それに、メダリストとなればより多くのスポンサーから支援を受けることができます。国や連盟からの評価にもつながり、財政面を含めたすべての環境が変わります。私には、そうしたアスリート人生は訪れませんでした。つまり、他者のドーピングによって、私は得るべき12年を失ったのです。

しかし、そうした経験も含め、私はスポーツから、規律正しくあること、我慢強くあること、どんな状況においてもポジティブであること、そして敗北を受け止めることを学びました。それは私の人生において、大きな支えとなっています。

True Moment in Sport

マリヤ・セスタク

© Marija Šestak

28
2007

常に自分の目標に集中し、スポーツを楽しむ

私はセルビアのスポーツ一家の出身です。父はプロのサッカー選手であり、母はわずかな期間ですが陸上競技に取り組んでいました。私は7歳の時から水泳を始め、さらにテニス、陸上競技と、3つのスポーツを同時に続けていたのですが、最終的に選んだのは陸上競技でした。

正直に言うと、水泳を始めた初日から、世界チャンピオンになりたい、オリンピック競技大会でメダルを獲りたいと思うようになりました。そして、陸上競技を始めて1年後の12歳の時、13歳以下の国内の走幅跳の記録を更新しました。国内記録保持者になったのですから、とても嬉しかったです。以来私は、常に自分が掲げた目標に集中し、どんなトレーニングも競技会も楽しもうと努力し続けてきました。

そんな私にとって、2007年世界陸上大阪大会は特別なものでした。スロベニア人の男性と結婚してスロベニアに移住した後、この大会が初めてスロベニア代表として挑む国際大会で、大きな怪我からも回復した大会だったので、心の底から良い結果を出したいと思っていました。私は自分自身にプレッシャーを課しながらも、何としてもメダルが欲しかった。もちろん、5位という結果が悪いものだとは思いませんが、やはり満足する順位とは言えず、100%の幸福感を味わうことはありませんでした。その点には未だにわだかまりがあり、大阪でやり残したことがあるように感じています。

マリヤ・セスタク

© Marija Šestak

クリーン・スポーツの重要性を伝え続ける

私は現在、スロベニア陸上競技連盟のプロフェッショナルアシスタントとして国際関係の業務に携わっています。大会へのエントリー、移動、宿泊、ミーティングなど、ナショナル・チームのロジスティック関連業務を任され、2018年はヨーロッパ陸上競技選手権大会のチーム・リーダーを務めました。裏方の仕事ですが、陸上に携わり続けたいと思っているので、スロベニア陸上連盟で働けることが幸せです。

また、私たちスロベニア陸上競技連盟は、ユースアスリートと頻繁に関わり、多くの国内トレーニングキャンプなどでユースアスリートにドーピングによる違反行為を行わないよう、伝え続けています。アンチ・ドーピング規則違反を防ぎ、正しい道に留まるためにはスポーツは健全なものでなければいけないのだということを、すべてのアスリートに伝える必要があると思います。これは、すべての競技連盟、NOC/NPC、IOC/IPCなどが適切に実施すべきことです。

その活動には、トップアスリートが関わることが重要です。トップアスリートの発言はユースアスリートにとって強いメッセージ性を持ち、ドーピングをしなくてもハイレベルなアスリートになれる、チャンピオンになれるのだ、という良いロールモデルになるからです。

一方、5歳と2歳の娘をもつ母として、今最も大切にしているのは家族です。娘たちには、私がスポーツから学んだ多くのことを伝えたいと思っています。「夢を諦めてはいけない」。すべては可能なことなのです。もし失敗しても、目標に到達するために、自分の道を歩み続けていかなければならない。それは、素晴らしい人間になるために大切なことだ、と伝えたいきたいです。

FUTURE

マリヤ・セスタク

© Japan Anti-Doping Agency

スポーツの未来は明るい

私は、スポーツにドーピングのない未来を期待しています。サッカー、陸上、テニス、水泳、ハンドボール……どんな競技でも、我々アスリートは皆、自らの目標に到達しようと努力しています。すべてのスポーツが平等な条件で行われることが私の望みであり、そのためには、NOCやNFが状況を変えるべきだとも思っています。

私と同じような経験をしたアスリートは、私の他にも何人もいます。友人であるチェコ人で2004年アテネ大会に出場した円盤投げのVěra Pospíšilová-Cechlováも、私と同じ境遇となり、同様に戸惑いを覚えたと言っていました。今になって「メダルを獲得した」と言われても、その喜びよりも、大会当日にメダルを持って帰れなかったことのショックの方が大きい、と。ドーピングでずるをしたアスリートは、今は引退して、当時のことをもう忘れてしまっているかもしれない。けれど、私が経験した悲しさは消えることがないし、いまだに怒りすら覚えることもあります。私たちのような事例は、これから二度と起こってほしくないと思っています。

私たちは、こうした自らの体験を、多くの若者たちに伝えていくべきだと思います。ユースアスリートにとって、トップアスリートが語る実体験談は興味深いので、ユースアスリートにドーピングは違反行為なのだと伝える、最もよい方法の一つとなるでしょう。また、そこにもし違反をしたアスリートがいるとしても、彼らに良心があれば、私たちの話を聞き、自身の誤りにきっと気付くはずです。

ここ数年のスポーツの発展は好ましいものですし、それを未来も続けていく必要があると思います。また、ドーピング問題についても、私たちは確実に前進していて、状況はめざましく改善されていると考えています。もちろん、まだ十分にクリーンだとは言えませんが、実際に意図的にドーピングによる違反行為を行うアスリートは減ってきています。アンチ・ドーピングの活動が毎年推進されていけば、さらに減少していくに違いありません。だから、私たちはこの活動を継続していかなければなりません。未来は明るく確実に大きな改善を遂げているはずだと、私は前向きに考えているのです。

Truth in Me

マリヤ・セスタク

© Japan Anti-Doping Agency

誰もが真のチャンピオンになれる

人生において何らかの問題が生じても、ポジティブに受け止めること。常に問題解決のための方法を探し続けること。できる限り、それを楽しむこと。そして、あらゆることが可能であり、だからこそ夢を諦めてはならない。私は常にそう心がけています。

スポーツが私に多くを与えてくれたおかげで、私はこのようにポジティブに考えられる人間になることができました。スポーツにおいて、ある時は勝ち、ある時は負ける。ある時は喜び、悲しみもする。その繰り返しから立ち上がることを学ぶのです。スポーツを通して、さまざまな人に出会い、普段の生活では得られないような体験、特別な人生を歩むことができました。スポーツのお陰で、今の私が存在しています。

そして、私が未来のスポーツに求めるものは、「Health(健康)」です。私が初めて水泳のトレーニングを始めた時、私にとってスポーツは健康のためのものでした。この健康という言葉が、スポーツ界に戻ってきてほしいと思います。少し方向性を変えるだけでいい。スポーツは元来、健康を促進するためのアクティビティであるし、スポーツは健康の代名詞となるでしょう。そのためにも、やはりスポーツは「クリーン」でなければならないと、私は思っています。

アスリートには必ず自分なりの目標があり、その目標を達成するために毎日ハードなトレーニングを重ねています。その姿だけで、彼らは自分にとっても家族や友人や大切な人たちにとっても、「真のチャンピオン」たりうるのです。私もかつて、オリンピック競技大会の三段跳で15メートルを飛ぶことを目標としました。メダルこそ獲れませんでしたが、目標を達成したことで幸福感を得ることができました。試合でメダルを獲得してチャンピオンの称号を得るアスリートは一握りだとしても、自身が描いた目標を達成することで、誰しもが本当の意味で「真のチャンピオン」になれると信じています。

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Athlete Profile

Marija Šestak 国籍

生年月日
1979年4月17日生まれ
国籍
スロベニア共和国
種目
陸上 三段跳

セルビア・クラグイェヴァツ生まれ。

陸上競技のセルビア代表として世界各国を転戦。2005年にスロベニア人男性と結婚し、スロベニアの市民権を得る。2007年大阪世界陸上競技選手権大会にスロベニア代表として出場、5位入賞。後に上位の選手のアンチ・ドーピング規則違反が発覚し、3位に成績が繰り上げられる。2008年屋内世界陸上選手権でも、アンチ・ドーピング規則違反により、銀メダルに繰り上げされる。

現在はスロベニア陸上競技連盟に務め、ユースアスリートの育成やサポートなどに携わっている。