PLAY TRUE 2020

PLAY TRUE 2020

© Ken Shigematsu

Truth in Sport

オリンピアンとは、昨日の自分に打ち勝つために最善を尽くす人

私はスポーツから、トレーニングの大切さや、自分自身を律するということ、強い気持ちによって逆境を乗り越え、挑戦していくということを学びました。あきらめるということは、決して夢を実現する助けにはならず、あきらめない限り失敗は失敗ではないということも学びました。

スポーツには世界を変える力がある。スポーツの領域では、私たちは誰でも同じレベルで競い合うことが可能だからです。私は平昌2018オリンピック競技大会において、すべての参加者との一体感を感じました。オリンピックという舞台にさまざまな国の人が集まり、誰もが一人の人間として競い合い、最善を尽くし、尊敬し合う友人となる。そして、それを見ているすべての人が彼らを讃える。その時、世界はより良い世界を実現するために一つとなれるのだと感じることができました。

私にとっての「オリンピアン」とは、オリンピック競技大会に出たアスリートであるということ以上の意味を持ち、ある種の「考え方」のことだと思っています。普段の生活において「オリンピアン」のような考え方や振る舞いができる人こそを、真の「オリンピアン」と呼ぶべきではないでしょうか。「オリンピアン」は、誰かを打ち負かすためではなく、人生のあらゆる面で自分自身をレベルアップし、昨日の自分に打ち勝つために最善を尽くす努力をしています。つまり、誰もが真の「オリンピアン」になることができるのです。

そして、アスリートとしての競技人生は、いつか終わります。終わりがないものがあるとすれば、それは後世に続くメッセージです。何百万という人々がアスリートの人生から、逆境を乗り越え、忍耐力を習得する大切さを学びます。そして私は、何かを始めることを怖れてはいけない、すべての人は、夢とともにそれを叶えるための能力も与えられているのだと、人々に伝え続けたいと思っています。

そのためにはクリーンスポーツの推進が必要です。人生をトレーニングに捧げ、競技大会に出場するチャンスを掴んだアスリートが、表彰台に見事に立ち、メダルを授与されます。しかし、そのうちの誰かが人をだましていたとしたらどうでしょう。誰かによって、4位のアスリートは栄光に輝く瞬間を奪われてしまうのです。オリンピック競技大会のメダルは、アスリートにとって偉大な功績です。不正を働く人たちは、彼らのその栄光の瞬間を奪い、同時に魂をも奪っているのです。そんな詐欺まがいの行為を働く人物を、私は決して許すことができません。

アンチ・ドーピングとは、スポーツという領域を超えてヒューマニティー(人間性)の価値を高めることだと、私は考えています。それは、完璧な人間を探し出す、ルールに反する行為を犯さないということだけではありません。自分自身のインテグリティ、つまり、自分の内面にある人間性がどれほど大切であるかを人々に伝えること、その人間性と社会的なモラルを尊重するよう、人々に働き掛けること。それこそがアンチ・ドーピングなのです。

True Moment in Sport

ピタ・タウファトファ

© Pita Taufatofua

13
1996

強い精神力と人間的な魅力を持ったロールモデルとの出会い

私の人生には、多くのロールモデルが存在します。彼らと出会った瞬間を、私は忘れることができません。

1996年、私には二人のとても大切なロールモデルがいました。
一人はジョナ・ロムーです。彼はトンガ出身ですが、ニュージーランドのナショナルラグビーチームで11番のユニフォームを着てプレーしていました。

もう一人は、パエア・ウォルフグラムです。彼はトンガ人としてオリンピックで唯一メダルを獲得した人物です。彼が1996年のアトランタ・オリンピック競技大会から帰国した時、私はパエアの「P」という文字が書かれた小さな紙を持ち、道端で何時間も待ちました。そして遂にパエアが目の前を通り過ぎた時、彼は私に気づき、手を振ってくれたのです。その瞬間、私は胸の内で、「いつかオリンピアンになるぞ」と決意しました。それが、私が初めてオリンピアンになると決めた時です。

私にとって何より重要なロールモデルとは、強い精神力と人間的な魅力を持つ人物です。ジョナ・ロムーが私にとって偉大であるのは、彼が素晴らしいアスリートで有名だからではなく、他者に対して常に優しく親切で穏やかでありながら、スポーツでは強かったからです。そして、パエアから学んだのは、多くを持たない者でも偉大な業績を成し遂げることが可能だということです。二人は何より、精神性が素晴らしいのです。スポーツの成績は、あくまでその後に続く要素です。

さらに私には、人生におけるロールモデルと呼べる人がいます。それは、私の母と父です。母は、2008年の北京オリンピック競技大会にも出場できず、怪我をして療養中の私に、「競技中に何が起きたかではなく、自分が最善を尽くし、競技場ですべてを出し切ったことこそが重要だ」と語りかけ、ヒューマニティーの重要性について教えてくれました。そして、イギリスの王室がトンガを訪問される際のイベントに私が招かれ、すぐに父に喜んで報告した際、父はこう答えました。
「良くやった。しかし、今は牛に水を飲ませる時間だ」
謙虚であれ。それが、父が私に与えてくれた教えです。

私がオリンピアンになれたのは、一人の人間として尊敬することができる、何人ものロールモデルがいたからです。私自身も同じように、すべての人が良き知識とサポートを得ることができるのだと伝えられるような存在になりたいと願っています。

ピタ・タウファトファ

© Japan Anti-Doping Agency

「夢を与える」のではなく、夢に挑む勇気を与える

現在私は、子どもたちの夢を応援するために、太平洋地域のユニセフ親善大使を務めています。ユニセフ親善大使就任の署名式は、私が卒業した小学校で行われた時のこと。署名式が終わる頃、一人の子どもが私のところにやってきて言いました。
「僕もオリンピックに出場するアスリートになる!」
私は彼を見て答えました。

「I was you.(昔、僕も君と同じだったよ)」
私はかつて、まさにその子だったのです。そして、当時の私にとって真のアスリートが絶対的なロールモデルとなったように、私も今、子どもたちにポジティブな影響を与える立場にいるのだと気付きました。

私は、決して誰かに何かを強要するのではなく、子どもたちが自身の情熱を追い求め、なりたいものに自然となれるよう、勇気を与え、励まし続けたいと思っています。夢は与えるものではありません。誰でも生まれた時から夢を持っているのです。そして、その夢をかなえる能力を誰もが授かっているのです。私はただ、こう言うだけです。「Yes, you can do it.(君もできるよ)」

私は15年間ホームレスの子どもたちが暮らすシェルターで働いていました。私は彼らから、人生の最悪な状況さえも潜り抜けて這い上がるという強い人間性、精神力を学びました。彼らが私に教えてくれたことばかりです。私は今、そのメッセージを何千、何百万という人に伝えています。

FUTURE

ピタ・タウファトファ

© Ken Shigematsu

スポーツにあるヒューマニティーを高める力

私は生涯を通じて、アスリートであり、オリンピアンです。それは、私の中を流れる血のようなものであり、私自身の一部です。

私の次の夢は、3回のオリンピック競技大会に、3回とも全く異なる競技で出場する、初のアスリートになることです。既に2回の大会でやり遂げましたが、さらにもう1度、全く関連しない競技で、東京2020オリンピック競技大会に挑戦したいと思っています。ハードルは高いですが、だからこそエキサイティングなのです。

競技人生を終えたアスリートの多くが、挫折し、さまざまな問題を抱えているという現実を目にします。競技人生の終わりとは、次の人生へ歩みだす出発点であり、夢は死ぬまで終わりません。私はこれまで自分の目標を達成する喜びを味わってきましたが、次は他のみんなが目標を達成する番だとも思っています。その姿を見るのは私の情熱の源でもありますし、その夢を叶えるお手伝いができればと願っています。

また、私は、スポーツによって人々が一つになることに貢献したいと考えています。健全なルールのもとで公正に競い合える場を設けることは、世界中に平和をもたらします。スポーツは人々に信頼と力を与えます。公正公平なスポーツが盛んになり発展することが、人々の未来への投資となるのです。

私たちは、自分たち自身の中にある“ヒューマニティー(人間性)”を守らなければなりません。自分たちが生きるこの地球において、私たちは時にヒューマニティーを置き去りにしがちです。環境問題に向き合うこと。他者に敬意を払い、敵対しないこと。そのような心がこの地球を正しい方向に導くのではないでしょうか。そしてスポーツには、そのヒューマニティーを高める力があると、私は信じています。

Truth in Me

ピタ・タウファトファ

© Ken Shigematsu

人生における「オリンピアン」へのインスピレーション

強い気持ちによって逆境を乗り越え、挑戦していくということ。夢をあきらめない限り、失敗は失敗ではないということ。それを私は、成長する過程で学びました。

アスリートにとって誰もが最も重要なのは身体だと考えがちですが、たとえば朝起きてトレーニングに行く時、それは頭がそう命令しているから身体が動き、トレーニングに行くのです。身体よりも頭が先に働いているのです。私が怪我をしてしまった時も、お金が何もない時も、私の頭のなかの精神は、「歩み続けなさい。あなたはオリンピアンだ」と語りかけていました。私が目標を達成することができたのは、ひとえに精神力が強かっただけなのです。たとえ私が今、数々の困難に直面しているとしても、それは私にとって大きな問題ではありません。なぜなら私はそれを、「自分は今、どれだけ前へ進み続けることができるのか、試されているのだ」と考えているからです。

アスリートの競技人生は、必ず終わりを迎えます。しかし、その後にこそ、未来へと続く何かが始まります。我々アスリートを見ていた何千、何百万という人々も、人生という舞台で、スポーツ、音楽、学問など、さまざまな領域における「オリンピアン」になる可能性があります。重要なことは、アスリートから学んだ教訓を、人々が実践できるかどうかです。私たちが死して身体が無くなったとしても、その精神は受け継がれ、生き続けるのです。スポーツはメッセージを発信する手段。競技としてのスポーツには終わりがありますが、メッセージは続きます。私のロールモデル全員が私を助け続け、インスピレーションを与え続けてくれているのと同じように、いつか私の精神が人々にインスピレーションを与えることを願っています。それこそが、ヒューマニティーのため、すべての人のためにある、スポーツが持つ本来の価値です。

PLAY TRUE2020
Athlete Profile

Pita Taufatofua 国籍

生年月日
1983年11月15日生まれ
国籍
トンガ王国
種目
テコンドー、スキー・クロスカントリー

オーストラリア生まれ、トンガ育ち。高校卒業後、オーストラリア・ブリスベンで工学の学位取得。
大学卒業後もブリスベンに住み、ホームレスの方々の自立を支援する施設で働く。

リオデジャネイロ2016オリンピック競技大会のテコンドー男子80kg超級に初出場。開会式でトンガ王国の旗手を務める。

平昌2018大会では、クロスカントリー男子15キロフリーに出場。氷点下6℃という厳しい寒さの中で行われた開会式では、前大会と同じ上半身裸の民族衣装で登場し話題となった。

ユニセフ親善大使として子どもたちの夢をサポートする傍ら、東京2020大会で第3の種目での出場を目指している。

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