PLAY TRUE 2020

PLAY TRUE 2020

© Yuki Saito

Truth in Sport

スポーツは人となりを映しだす

スポーツには、信じられないような素晴らしい瞬間がたくさんある反面、身体的にも精神的にも本当に厳しい時もある。私が子どもの頃からいろいろなスポーツに親しんで学び、両親からの教えであったことは、チャレンジしたいことがあったらまず実際にやってみること、そして目標を達成するまでやり抜くことです。

カヌーのトレーニングで体力の限界までチャレンジしたハードな12ラップが終わった時、「じゃ、次はあなたのベストタイムを出してね」とコーチである母がこう言ってくる。これは精神的に非常に過酷なことであり、私は自分自身にこう言い聞かせなければなりません。「私はもうワンラップを、もっとハードに、もっと速く漕いで、前のミスを修正できる。『できる』ということを自分に証明しさえすれば、あとは自分のメンタリティ次第なのだ」。そう思うことで、たとえ肉体的にはヘトヘトでも、気持ちを集中させ、次のラップをイメージどおりにこなすことができるのです。

厳しいセッションや思うようにいかない試合などで私が本当に不安になっている時、母は私にこう言って自信を与えてくれます。「あなたはあれだけの練習を全てこなしてきたし、試合運びも知っている。だから、複雑に考えず、シンプルに。最高のスタートを切り、呼吸を整えて、シンプルな試合運びに集中すること。自分がやらなくてはいけないことをやるだけだよ 」

何かを目指しながらも本当に難しく厳しい状況に陥り、「きつすぎるから辞めよう」と思うときもあるでしょう。けれど、成し遂げたい目標とヴィジョンを持っていれば、やり続けることができ、辛い瞬間を乗り越えられるのです。今の私はトップアスリートとして、そして3度目のオリンピックに出場する経験豊富なアスリートとして、身体、精神、技術のすべてにおいて準備を整え、向上するという特化した目標があり、常にそれを念頭に置いています。

オリンピックでは想像を超えた瞬間がいくつも生まれます。マイケル・フェルプスやウサイン・ボルトが記録を塗り替えた瞬間もそうですが、転倒したアスリートを、別のアスリートが助けながらゴールまで走る素晴らしいスポーツパーソンシップを見た瞬間などは、時として勝利したアスリートよりも人々の記憶に残り、勝利よりも価値があることがあります。他者が困難に直面している瞬間、自分は何ができるか。その態度そのものが、そのアスリートの為人(ひととなり)を多く物語ると思います。私の目標はもちろん金メダルです。しかし、たとえそこに到達しなくても、力の限りベストを尽くして良い結果を追求することが何よりの目標です。たとえその日のレースで良い結果が出なくても、私が私というアスリートであることを誇りに思えるでしょう。

True Moment in Sport

ジェシカ・フォックス

© Yuki Saito

11
2005

多文化を通した豊かな経験と目に見える世界一という目標

アクティブな家族の中で、エリートスポーツが常に身近に存在する中で育った私は、世界チャンピオンとなりメダルを獲得するという可視化された目標を、幼い時から持つことができました。また、多文化・多言語の中で新しい文化を探求し尊重する態度を、自然と養うこともできました。これは自信を持って言えることです。

私の両親は、どちらもカヌースラロームの競技のオリンピアンです。イギリス人の父はカヌースラロームK1シングルで5回世界チャンピオンとなり、フランス人の母は1996年のアトランタ・オリンピックで銅メダルを獲得した。世界チャンピオンにもなっている両親の娘だから、といった大きな期待やプレッシャーがなかったわけではありません。ただそれ以上に、両親が達成してきた偉業はパワフルなものでしたし、『両親が達成できたのだから、きっと私も世界一のメダルを取ることができる』という実現性のある目標にもなりました。また、両親がエリートアスリートのコーチとしてアスリートをオリンピック出場に導くのを目の前で見てきたおかげで、そこまでのプロセスと、そのために何が必要かということも目にすることができました。

私は母の故郷フランスに4歳頃まで暮らし、その後オーストラリアに移住しました。両親は現役引退後コーチとしてさまざまな国に行くようになったため、私も学校を休んで付いていったことが多くあります。小さい時から新しい言葉を覚え、全く異なる文化や環境に身を置いたことは、私にとって間違いなく大きな刺激となりました。

多文化社会であるオーストラリアで育ったことも、様々な文化に触れるチャンスとなりました。今でも旅行して新たな発見をすること、様々な人や文化から学ぶことも大好きです。私は多文化の価値を抵抗なく受け入れ、ずっと一つの国にいる人よりも開けた心を持っていると言えるかもしれません。自分の中にいくつもの異なる文化を持っていることは、他の文化を尊重するうえでとても役立つと思っています。このような環境で育ってきたことに感謝すると共に、私は自分のルーツとバックグラウンドを愛しています。

オーストラリアの教育とスポーツシステムを通して、様々なスポーツの経験ができたこともラッキーでした。オーストラリアでは大抵の子どもは水泳を習うため、私も水泳から始めましたが、体操もしました。最初に出た学校の水泳の競技会で8〜9位に終わっても、私は生来の負けん気で『もっと上位になりたい』と水泳の練習を重ね、次はより良い成績を求めるようになりました。11歳でペンリスのホワイトウォーターのカヌーコースを経験したことがきっかけでカヌーに夢中になりました。始めた時から両親から優れたテクニックと適切な心構えなどを教わることができたので、最高のスタートが切れたと思っています。

両親から、スポーツを始めるならまずはトライし、そのターム(学期)や登録した期間はやり通すことが大切だ、ということを学びました。やり続ければ、もっと上手になって楽しめるかもしれないし、自分のことをもっとよく知ることができて、もっと楽しくなるかもしれない、と。大変な時でも、目標を持ち、それを達成するためにやり続ける。両親がいなければ、今の自分はないと本当に思っています。

ジェシカ・フォックス

© Yuki Saito

エクセレンスを求め、自身の心を聞き心から話す

常にエクセレンス(卓越)を求め、正面から私をプッシュしてくれるのは、これまで唯一のコーチである母です。母は、すべての練習のセッションにエクセレンスを要求し、私に最上のモチベーションとインスピレーションを与えてくれた女性の一人であり、私を後押しし、最高の成果と最高の私を引き出すための方法を理解してくれています。時に口げんかもありますが、母はいつも私に対して最善を尽くしてくれますし、私が結果を求めて正しい目的と正しい態度で努力し続けていれば、意見が合わなくても大抵のことは話し合いで解決できます。

16歳の時、2010年にシンガポールで開催された初のユース・オリンピック・ゲームズ (YOG)で金メダルを獲得し、その2年後のロンドン2012オリンピック競技大会で銀メダルを得たことは、私たちが注いだ努力とそこに辿り着くまでの道のりを素晴らしい形で反映したものでした。

その後、私はオーストラリアのヤングアンバサダーとなり、「ビッグシスター」的な存在、つまり次世代のYOGアスリートにインスピレーションを与える存在として、2018年のYOGにも参加しました。IOCでは現在「ヤングチェンジメーカー」と呼ばれるプログラムで、私はメンターとしてユースアスリートたちがYOGで最高の体験をし、自身の人生にYOGを活かすことができるよう、私の経験を最大限に伝え励ましてきました。

オーストラリア・オリンピック委員会 (AOC)、国際カヌー連盟(International Canoe Federation, ICF)のアスリート委員会のメンバーとしても、「アスリートの声」をそれぞれの組織に届けることをしています。連盟のアドミニストレーション、例えばルール改訂や組織決定の方法などについては、全体像を理解するにはまだ難しい部分もありますが、違う側面からスポーツを知るとても良い経験として楽しんで役割を果たしています。

私自身は、このように「スポークスパーソン」となり、ユースアスリートたちのロールモデル的な存在となりたいという特別なビジョンや意欲を持っていたわけではありませんが、現在のような私のポジションからすると、それはある意味で「付きもの」ともいえるものだったと思います。初のオーストラリア代表として出場した2010YOGで金メダリストになったこと、ロンドン・オリンピックで銀メダルを獲得したことなど、いくつかの大きな結果から少しメディアに注目されるようになり、もしかすると人より早く大人としての行動をとらなければならなかったのかもしれません。けれど、それは自然な成り行きでしたし、私はいつも、自分らしくありたい、正直に自分の考えを、自分の心から話したい、そして周りへの敬意と感謝を忘れずにいたいと考えていただけなのです。ですから、私としては、自分が達成した結果から期せずして「ロールモデル」としての役割が生まれ、それを引き受けただけというのが、正直なところです。

FUTURE

ジェシカ・フォックス

© Yuki Saito

「より良き位置にジャージを脱ぐ」

私はニュージーランドのラグビー代表チーム、オール・ブラックスの考え方に深く共感しています。彼らのモットーに、「Leave the Jersey in a better place(ジャージを脱ぐときには、そのジャージをより良い位置に置く)」というものがあります。ジャージを脱ぐとき、つまり、代表選手としての役割を終えるときには、そのジャージにさらに大きな価値を加え、より大きなインパクトをもって次世代につないでいく、という考え方です。私たちがやろうとしていることが何であろうとも、次世代のために常にポジティブである必要がある、という考えが好きなのです。私にとっても、競技においてより良い方向性を目指して挑戦し、改善していくことが、常に目標となっています。

私が次世代につなぎたいことは、スポーツの価値です。私は、子どもたちは才能があるかどうかは関係なく、スポーツに参加し、ベストを尽くし、自分の進歩を知るだけで、本当に多くのことを学ぶことができると思っています。そうしたほんのちょっとしたことが、人生のあらゆることにつながるのです。

現代の社会は、時として子供たちに過保護になっていて、小さな失敗を経験することさえ難しくなりがちです。挫折は人生にとって不可欠です。スポーツを通して挫折を経験するとき、それが怪我でも個人的な事情でも、悪い試合結果でも、それを受け入れて自分の中で腑に落ちるまで消化し、心機一転して出直し、次のページへと歩み続けることを学ぶことが、何にも増して重要となるのです。そしてその学びは、人生にも仕事にも、人との関係性にも、あらゆるものに通じます。スポーツは、人生における本当に大事な価値をたくさん教えてくれると思います。

私は、スポーツにおける男女平等という問題についても、常に考えています。カヌー競技は、以前のオリンピックでは男子が3種目、女子が1種目で、長い間男女平等が達成されなかったことは納得しかねるものの、東京2020オリンピック競技大会では初めて男女平等の種目数になります。カヌーにもっと多くの女性に参加し、あらゆる人に競技を普及させるという目標も常に持っている私にとって、東京2020はこれまで以上にとてもエキサイティングな大会になるでしょうし、これまでの多くの女性アスリートとカヌー競技の未来の発展のために感謝しています。そのことについても、今後何らかの形で寄与することができるのであれば、とても嬉しいです。

Truth in Me

ジェシカ・フォックス

© Yuki Saito

レジリエンスと自分らしさ

私がスポーツを通じて学んだ大切なことは、目標を設定する力、その目標を追求するコミットメントと規律、そして立ち直ることのできるレジリエンス (resilience)、回復力です。多くの人は、目標を設定しても、1カ月もするとそれを忘れたり、すぐに結果が出ないと諦めて放棄したりしてしまいます。けれどスポーツは、追求し続けて諦めない力、失敗しても立ち直る力の大切さを教えてくれます。スポーツに限らず、学校の試験の点数が目標に届かなかったり、職場で期待通りに昇進できなかったりしたとしても、レジリエンスが大切になります。レジリエンスは、メンタルヘルスにとって本当に強力な影響を与えると思います。

気づいていないアスリートもいると思いますが、子どもたちはアスリートを尊敬していて、いつもアスリートの行動を観察しています。だから、常にお手本となって子どもたちを導き、競争相手へのリスペクトやスポーツパーソンシップを示すことが大事です。もちろん成績やできの悪い日はあるし、いつも完璧なレースができるわけではないけれど、人生は続く。カムバックしてまた挑戦することもできるし、トレーニングに戻って次に備えて自分を磨くべく努力することもできます。目標は金メダルとは限らない。そこに至るプロセスも、また大事な目標だと言えます。それを子どもたちに示すことが大事なことだと思います。そのために、もし私の経験が他の人たちの役に立つのなら、それは素晴らしいことだし、より多くの人と私の経験を分かち合えるようにしたいと思っています。

また、競技以外の場での行動もとても大切です。調子が悪い日に、ファンの人たちから「一緒に写真を撮りたい」とか「ちょっと話しかけてもよいか?」と言われても、そんな気分になれないこともあるでしょう。けれど、30秒だけの笑顔や少しの声掛けだけで、相手にとっては人生で最良の日になり、一生の想い出となるかもしれない。サインをするための5秒を惜しむアスリートもいるけれど、たったの5秒で誰かの1日を、人生を輝かせることだってできます。だから、水の上、フィールドの上でのアスリートの姿と同様に競技外での行動も、そのアスリートの人柄を物語る重要なものなのです。目標を持ち、それを実現するための意欲とモチベーションを示すこと。人の模範となり、常に周囲への敬意と優しさを持って、エクセレンスを追求すること。これが大切なのです。

私にとって「自分らしくあること」が一番のモットー。私は生来、ハッピーで明るく、いつも笑顔で毎日を楽しむ性格です。一方、メディアの活動や講演会などでは、その状況を把握、準備をし、良いプレゼンテーションをすることが求められます。そのためには経験も必要ですが、自分らしさを忘れなければ、どのような場でもナチュラルにふるまえると思います。メディアの前にいようと、家にいようと、私は私。私は常に、こうした価値観と周囲への敬意を持って成長してきましたし、それが自然体の私だと思っています。

PLAY TRUE2020
Athlete Profile

Jessica Fox 国籍

生年月日
1994年6月11日生まれ
国籍
オーストラリア連邦
種目
カヌー(スラローム)

共にカヌーの世界チャンピオンのイギリス人の父、フランス人の母を両親として、4歳の時にフランスからオーストラリアに移住。幼少期は、水泳、体操などを同時に楽しみ、11歳で本格的にカヌーの道に。

5度のジュニアチャンピオン。2010年シンガポール・ユースオリンピック・ゲームズで金メダル、ロンドン2012オリンピック競技大会では銀メダル、リオデジャネイロ2016オリンピック競技大会では銅メダルを獲得。

オーストラリアのYOGアンバサダーやIOCのヤングチェンジメーカーを務め、オーストラリア・オリンピック委員会、国際カヌー連盟(ICF)のアスリート委員も務めている。

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